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大阪地方裁判所 昭和31年(わ)2871号 判決

被告人 浅田一郎 外三名

主文

被告人井口正俊を罰金五、〇〇〇円に、

被告人片本清作、同上田雅通を罰金三、〇〇〇円に、

各処する。

右罰金を完納することができないときは、金三〇〇円を一日に換算した期間(端数も一日に換算する)その被告人を労役場に留置する。

但し、右被告人等に対し、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部右被告人等の連帯負担とする。

被告人浅田一郎は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人片本清作は総評大阪地評事務局常任書記、同井口正俊は大阪府職員組合執行委員、同上田雅通は、大阪化学繊維取引所労働組合執行委員長の職にあつたものであるが、右被告人等は、昭和三一年四月一七日午前一〇時一五分頃、大阪化学繊維取引所労働組合員(以下化繊労組員という)、応援労働組合員等合計二〇数名と共に、大阪化学繊維取引所(以下化繊取引所という)会員で化繊の仲買人である大阪市東区南久宝寺町四丁目七番地東神ビル内株式会社小島商店(代表取締役社長小島逸平)に赴き、同店社長小島逸平に面会を申入れたが、この応待に出た同店々員井村卓爾から、同社長は不在である旨告げられ、退去を促されたにも拘らず、右二〇数名の労組員と共に同店事務室(広さ二二坪)に入り、同人等と共同して、折柄電話で化繊及び三品取引仲介業務に従事中の同店々員大島亀一、同岩田敬治、同辻田富美子、同安藤昌子、同長繩幸子、同曽田栄子、同安田邦子等が電話で取引所の気配を入れ、取引先に送話している周辺を取り囲み、口々に「社長を出せ」と大声を出し、労働歌を高唱し、被告人片本、同井口は呼笛を吹鳴し、更に被告人井口は、他の労組員等と共に、同店女店員の電話の口真似をして「一枚買うた、フライ、フライ」等と囃し立てて気勢をあげ、同日午前一〇時四〇分頃迄の間、右大島亀一外六名の電話による取引業務を困難ならしめ、以て威力を用いて、右株式会社小島商店の電話による仲介取引業務を妨害したものである。

(証拠の標目)(略)

(検察官並びに弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、本件の場合、被告人等に、暴力的に従業員の電話器を取りあげたり、物を投げつけたり、或は器物を毀損するなどの「暴力にわたる」行為がなかつたことは明らかであり、単に「フライ、フライ」といつたとか、労働歌を歌つたにすぎずその上当時労組員の外に警察官一〇数名、新聞記者等一〇名足らずが、小島商店内に入つていたことも明らかである。従つて、この程度では、被告人等並びに労組員等による威力業務妨害罪にいう威力ありということはできない、と主張するので、この点について判断する。

前掲事実認定に供した証拠中、各公判調書中の各証人の供述記載部分、現場写真三葉及び司法警察員作成の実況見分調書の各証拠によれば、小島商店の仲介業務は専ら電話によつて行なわれていること、本件の発生した当日、被告人等と共に、約二二坪の広さの小島商店事務室に入つてきた人数は約四、五〇名位であつたこと、そのなかには弁護人主張のように私服の警察官約一〇名及び新聞記者等約一〇名がいたこと、労組員は二〇数名で、それらの者は、あるいは鉢巻をし、あるいは腕章をつけていたこと、その労組員等が電話台の周囲を取り囲んでいたこと、そこで判示認定の行為が行われたこと、を認めることができる。

そうだとすれば、騒音雑音等を常に発生せしめている事業場であるならばともかく、小島商店のように、電話による仲介取引、しかもそれがその時その時の相場を追つてなされるような仲介取引を業務とする事業場においては、きわめて静粛を必要とする四囲の状況よりみて、僅か二二坪ばかりの事務室に、団結力を示威する鉢巻や腕章等をした者二〇数名を含む四、五〇名の者が入りこみ(私服警察官、新聞記者等も店員側は区別していない)、主として組合員等が電話台のまわりを取り囲んで騒然たる雰囲気の中で、社長を出せ等大声で怒鳴つたり、口々に労働歌を高唱し、笛を吹き、いわんや送話の口真似をする等の行為は(この点に関する証人久井寿一郎、同高垣茂、同奥沢繁等の証言は前掲各証拠殊に現場写真に照らし信用し得ない)前記小島商店の業務の態様からみて、客観的に小島商店々員の自由意思を制圧するに足りるものと解するのが相当であり、従つて、被告人等の判示所為は威力業務妨害罪にいう威力に該当するものといわざるをえない。それ故弁護人のこの点の主張はこれを採用することができない。

(二)  弁護人は、小島商店の業務が現実に阻害されたという結果が発生しておらず「電話が聞きとりにくかつた」という程度であるから、威力業務妨害罪に該当しない、と主張するのでこの点について判断する。

業務妨害罪にいう業務の妨害は、現に行われている業務の遂行を止めしめる等妨害の結果の発生を必要とせず、業務の完全な遂行を阻害するに足る具体的な危険性を生ぜしめる行為あるをもつて足りるものである。本件小島商店の如く電話により刻一刻変化する相場を相手に、取引の仲介を業とする場合においては、電話の送受信を著しく困難ならしめることをもつて業務の妨害ありというに足り、その結果として、電話による取引が不成立に終つたか否か等、経済的損失の有無は問題とするところではないと解するのが相当である。前掲各証拠によれば本件当時小島商店内で電話による送受信の業務に従事していた店員及びその相手方となつた取引先において、歌声、笛音その他の雑音が入つて電話の内容が聴取出来なかつたり、聴直されて言い直したり、取引所からの気配を復唱する声が十分聞えなかつたり等、電話による送受信に著しき困難をきたしたことを認め得るから業務の妨害ありというをさまたげない。尤も本件の際、同行した警察官が被告人等労組員の行為を制止する行動に出なかつたことは弁護人等の指摘する通りであり、このことは本件における妨害行為が左程大きくなかつたと認め得る一根拠となり得るところであるが、他方本件の場合、警察官が被告人等労組員の判示行為を制止する行動に出れば、之に刺戟せられ一層騒然となることも容易に考え得る状態であつたことは前掲証拠により認め得るところであるから、この点のみから被告人等の当時の行為が業務妨害に当らないと謂うことはできない。従てこの点についての弁護人の主張も採用できない。

(三)  弁護人は、被告人等(但し、被告人浅田を除く)の判示所為は、労働組合の正当な争議行為で犯罪を構成しない、すなわち小島商店社長小島逸平は、判示所為の争議行為の当事者性を有し、且つその目的手段においても、労働法上是認せられた正当な行為である、と主張するので、この点について判断する。

第二〇回公判調書中証人河村俊次の供述記載部分、第二一回公判調書中証人小島逸平の供述記載部分、第二二回公判調書中証人平木隆夫、同奥沢繁の各供述記載部分(但し、証人奥沢については前記信用しない部分を除く)、第二三回公判調書中証人高橋楢の供述記載部分、第二四回公判調書中証人横田健次の供述記載部分、第二五回公判調書中証人西川豊治の供述記載部分、第二七回公判調書中被告人浅田、片本、同井口、同上田の各供述記載部分、河村俊次の検察官に対する供述調書、領置にかかる「定款及び諸規定」一冊(昭和三四年裁領第七七号の一)を総合すれば、次のことが認められる。

すなわち、本件発生当時、被告人浅田は総評大阪地評争議対策部長、その他の被告人等は判示認定の職に在つたものであること、一方大阪化繊取引所は会員組織であり会員は市場えの上場商品の売買、売買の媒介、生産又は加工を業として営んでいる業者によつて構成されていること、仲買人は商品市場において売買取引をすることのできる会員であり、取引所の管理、会員の規制等に必要な一切の権限を有しているのは理事会で、理事会は理事長及び理事会員をもつて組織していること、従つて仲買人と取引所とは法律上別個の存在であること、取引所の経費は主として、会員の負担する定額及び定率会費(大部分は定率会費であつて、仲買人たる会員がその取引額に応じて之を負担している)によつてまかなわれていること、当時小島逸平は大阪化繊取引所の理事会員ではなかつたことが認められ、又化繊取引所労働争議の経過については、昭和三一年二月九日、大阪化繊労組は、大阪化繊取引所に対し賃上と生活補給金支払を要求し、取引所側はこれを拒否したので、組合側は、同年三月一〇日組合大会でスト権を確立したこと、その後労使双方は再三再四にわたり団体交渉を重ねてきたが、解決には一進一退の状況のままであつたこと、その間、大阪化繊仲買人等は、市場の立会を強行しようとして化繊労組と対立状態に入つたこと、一方仲買人等は、小島逸平等有力仲買人を中心として、取引所理事のうち仲買人出身の理事をも含め、スト対策委員会を結成した上ストに対処し、組合側と取引所側との団体交渉の席上にも仲買人が出席していたこと、ところが、同年四月九日、被告人上田が大阪化繊取引所の市場就労をめぐる組合側と取引所側(仲買人を含む)との紛争の際、取引所側から暴行を加えられ傷害を受けた事件が発生し、更に同月一三日取引所理事者側と組合側との間で、一応争議解決のため妥結案が成立したが、これも一方的に理事者側が破棄するところとなり、団体交渉は再び決裂する結果となつたこと、組合側としては、右のことは、いずれも当時大阪化繊取引所会員で化繊仲買人である小島商店社長小島逸平を含む一部有力仲買人の取引所理事者に対する干渉、示唆によることの結果であると考えたこと、そこで、争議の早期妥結のため、個別交渉を図る目的で同月一六日、日野、木谷等の有力仲買人店舖に交渉デモに行き、更に翌一七日にも小島商店を含む他の有力仲買人等に対しても、同様に交渉を図り、あわせて小島商店社長小島逸平に対しては、先の被告人上田に対する傷害事件(当時被告人等は、前記上田に対する傷害事件は小島逸平が行つたものと考えていた)の抗議をも兼ねて行うことを斗争委員会で決定したこと、かくして同月一七日午前一〇時頃、化繊労組員等並びに応援労組員等合せて、四、五〇名が大阪市東区北久太郎町三丁目三品ビルにある化繊仲買人の貴志商店、田山商店に行き、更に労組員等は二手に分れ、被告人等四名に引率された約二〇数名の組合員が、本件小島商店に赴いたことが認められる。

右の事実によれば、本件化繊取引所と同労組との争議の当事者は、形式的には、将に、大阪化繊取引所理事者と大阪化繊労組である。しかしながら、大阪化繊取引所における仲買人の地位が、同取引所の経済的負担の大部分を負い、その実権を握つているばかりでなく、前掲証人小島逸平の供述記載部分にもあるように、仲買人の職場が常に取引所と直結しているから、単に会員というより深い関係にあり、株主対会社という程度のものではなく、また組合のストに対しても極めて強い利害関係があることから、仲買人からでている取引所理事を介して理事会で発言権をもつているのである。その上、前記のように、仲買人小島商店の社長小島逸平は、仲買人協会の有力者でありスト対策委員会の一員として仲買人出身の理事者を通して、本件争議との関係では他の一般仲買人以上に利害関係を有し強い発言権をもつていたことが窺われる。

ちなみに、前掲各証拠を綜合すれば、本件よりさかのぼつた昭和三〇年五月頃、取引所理事者側は、当時化繊労組結成にあたつた同労組幹部を、組合を結成したという理由で解雇し、間もなく不当労働行為であつたことを認めて之を取消したが、右事件も有力仲買人グループの圧力により為されたものと推認し得る。

とすれば、小島商店社長小島逸平の立場は、形式的には取引所理事者ではなくとも、実質的に考察すると、争議解決に必要な理事者側の態度決定の前提基盤の形成に極めて大なる影響力をもつているということができ、その意味では株主対会社の場合の株主、親会社対子会社の場合の親会社、更には通常取引における得意先等の立場とは本質的に異つた要素を含んでいるというべく、かような面からみれば理事者に近い立場にあつたということができる。

このように、いわば理事者に近い立場にある右小島商店社長小島逸平に対し、組合側が争議の早期妥結を図るため、暴力の行使をやめ妥結に協力するよう呼びかけ、その交渉をなす行為は、労働組合法第一条第二項にいう正当な争議行為の範囲内のものと解するのが相当である。この意味において、右小島逸平は、右争議行為の当事者に類似する立場を有するものと考えられる。

しかし、地方において、本件における小島逸平の地位を考えるとき、それを取引所理事者と全く同一視し、その交渉手段についても同様な手段をとりうると解することは許さるべきものではない。けだし、右小島逸平は、前記のように、法律上直接の団体交渉の相手方とは看做しえないのであり、組合側としては、あくまでも争議妥結のための協力を呼びかけ、その交渉をなしうるにすぎず、手段もまたその範囲内に限らるべきものだからである。

従つて、本件の場合、被告人等が小島商店に赴き小島逸平に面会を求める所為及び若し同人が小島商店事務室に在室していたならば、之に対し交渉に応ずる様説得する行為は当然許される行為と解すべきであるが、前記の如く、すでに同店々員から社長の不在を告げられ、しかも事実社長は不在であり、その退去を要求されているにもかかわらず、判示の如き小島商店の業務の妨害となること明らかな所為に出ずることは、もはや前記争議行為の目的とは何等関係のない、いわば無目的の行為と謂うの外なく、争議行為に許された手段の限界をはるかに逸脱したものであり、又当時被告人等はその行為の違法性を十分認識し得たものと解するのが相当である。

ゆえに、本件判示所為は、労働法上許された正当な行為ということはできない。(そして以上の点は化繊取引所や仲買人が従来労働組合に対し取り来つた態度如何にかかわりない。)従つて、弁護人のこの点についての主張は採用することはできない。

(四)  (略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人片本、同井口、同上田の威力業務妨害の判示所為は、刑法第二三四条第二三三条第六〇条、罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項第一号に該当するから、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人井口を罰金五、〇〇〇円に、同片本、同上田を罰金三、〇〇〇円に各処し、刑法第一八条により罰金を完納できないときは、金三〇〇円を一日に換算した期間被告人等を労役場に留置することとし、なお本件は、時間にして三〇分足らずの妨害であり、又小島商店には経済上の実害も発生していない点等諸般の情状を斟酌し刑の執行を猶予するのを相当と認めるから同法第二五条第一項を適用しいずれも本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予すべく、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条に従い、主文記載の様にその負担を定める。

(被告人浅田に対する無罪の判断)(略)

(裁判官 田中勇雄 野曽原秀尚 田畑豊)

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